こころのやすらぎを唯一の目標として生きてみたら世界が変わり始めた。

人と触れ合うのが楽しい!

自分が生きていることを感じられる。

自分の気持ちを、何の評価もつけずにただ認められたら、
こころが穏やかになっていった。
わたしがわたしを受け入れたら、わたしがあなたとつながった。

キミノコエとワタシノコエ。あなたとわたしがつながっていく。。。



・アティテューディナル・ヒーリング(AH)ファシリテーター
・サポートグループ毎月開催
・キミノコエオリジナルワーク9月から毎月開催


〜こころのやすらぎを求めるあなたと寄り添うこと〜
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完結

6月21日のBlog以降ずっと悩んでいた問題が、一段落しました。

「許されたい」という気持ちを、何十年も見ていなかったことに気づき、
一週間、その気持ちに一切の評価をしないでいました。


その間は辛くなかったのに、29日のBlogで、
「許されたいって、許されているでしょ?」と考えたことから、
辛くなっていました。

やっと一昨日抜け出られたのですが、
さらに、「許す」ということについて、わかったことがあります。


「許されたい」という気持ちに対して、
「許されているでしょ?」ということは、


『気持ち(この場合は「許されたい」ということ)を認めて、
興味と関心を持って、ただ次の何かが生まれるのを待つ』


という姿勢とは、あきらかに違っていたのです。


2日、とても辛かった私は、わたしの神様に、「助けてください」と真剣に祈りました。
すると、相手の人と、「会って話をしたい」と思いました。
なぜそうなったのかわからないのですが、とにかく、
話をしたいという気持ちに従って、2時間ほど、話をしてきました。


その人は、やはりわたしを許してはいません。
でも、わたしの心は、波立たなかったのです。


わたしの中の、「許されたい」という気持ちを、
わたし自身が、二週間、見つめ続けたことで、
相手から実際に許されなくても、気にならなくなっていたようです。


フォーカシング的態度とは、
「その存在を認めて、興味と関心を持ちながら、ただ何もしないで、ゆっくりと表現が生まれるのを待つ」
というものです。


問題が起こったとき(緊張が生まれたとき)なかなか解決しないこともあれば、
すぐ解決することもありますね。
 

その違いは、その自分の内側で起こった気持ちの存在を認め、そこにとどまれたかどうかだったのです。


まずは認めること。
それが解決への早道ですね。


わたしは、長いこと自分の内側にある「許されたい」という気持ちを認めませんでした。
許されていないことは、うすうすわかっていたけれど、
許されたいという気持ちを見つめることはしないで、相手のことばかり考えていました。


ですからその人と会うときは、「今日は許してくれるかしら」
「今日はどうかしら」と、相手がわたしを許すことだけを期待して、
自己弁護をしたり、相手の間違いを指摘したりしてきたのでしょう。


とても不健康な、愛のない関係でした。


やっとこの関係を終わりに出来て、ほんとうによかったと思っています。
主人との関係のように、その人ととの関係が、
これから愛の関係になることを願います。
いや、すでに昨日の話合いは、すでに愛の関係だったと感じています。


ありがとうございました。


ごめんね。
ありがとう。
愛しています。
コメント
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2009/07/05 17:03| |   [Edit]
Re: タイトルなし
ありがとうございます!

> よかったですね。
> 長い間随分苦しまれてきたのですね。
> そして、やっと自分の苦しさを解放できた。

ほんとうに、ほんとうに、楽になりました。
生きていることが、すばらしいと思えます。

まだまだ手放せていないものを持っているのだと思いますが、
それは、もっと楽で、もっと広い世界があるということですね。

今回のことに感謝して、一歩一歩、進んで行きたいと思います。

ありがとうございました。

2009/07/05 21:52| URL | Masayo  [Edit]
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